Art-心を磨く Art

Vol.9 「杉本博司 ハダカから被服へ」/原美術館」

 世界的日本人アーティストの一人である写真の杉本博司が品川、御殿山の原美術館で「装う」ことをテーマにした個展を開催中です。杉本博司といえば、70年代に始まった博物館を舞台に辿れる歴史をテーマにした「ジオラマ」シリーズ、映画一本分という長時間の露光による作品「劇場」シリーズ、80年代に始まる世界の海をテーマにした「海景」シリーズなど、今までの写真家の仕事のフィールドに収まらないような新しい表現に常に挑戦してきたアーティストです。国際的な評価も高く、海外から日本を訪れるアートファンの方からは「杉本さんの作品はどこで見られますか?」とよく訊かれます。最近では、昨年の横浜トリエンナーレでの展示のように、杉本さんの作品だけではなく、歴史を振り返ってピックアップされた古今東西の名品と作品をコラボレーション展示する、キュレーション的な手腕も発揮しています。
 今回の「ハダカから被服へ」では「装い」、つまりファッションの歴史を杉本博司的に再構築する展示となっています。まず、入口からすぐ、最初の展示室には、博物館の標本展示をモノクロのリアルな風景作品としている代表作の「ジオラマ」シリーズの「類人」が展示されています。この作品では火山が噴火している前を類人である男女が歩いていますが、思わず旧約聖書の中のエデンの園を追われるアダムとイブを想像してしまいます。禁断の木の実を食べてしまった人間は、そこから羞恥心が芽生え、裸ではいられなくなり、衣服をまとうようになっていきます。いわば、人間の服を着る歴史の始まりを、この「類人」から想像し、展示が始まっていくことになっているわけです。実は、私のつたない解説よりも、今回の展示にはすべての作品に杉本さんご自身の洒脱な解説文が添えられています。それを読みながら、展示を進むと、とても楽しく見ることが出来て、今回の展覧会の大きな魅力の1つとなっています。
 廊下にある「ジオラマ」と「肖像写真」シリーズを見ながら、次の展示室には、マドレーヌ・ヴィオネ、ガブリエル・シャネル、エルザ・スキャパレリなどの20世紀初頭の貴重なドレスの作品が展示されています。一見、見慣れたファッション写真のように見えるかもしれませんが、当時の体型を再現したマネキンを用意し、さらにモノクロのグラデーションの中で、ドレスがもっとも美しくなる瞬間を選び、マネキンの肌の色まで決め、照明やシャッタースピードを練りに練った末の、美しい作品が出現しています。写真に興味のある方は技術的な高さを感じながら、これらの作品は、じっくり隅々まで注意深く見てください。スキャパレリのドレスは、3階への階段に実物のドレスが展示されていますので、両方を比較すると、ドレスのデザインの斬新さ&優雅さと杉本作品のクールな美しさが堪能できます。
 2階の奥の部屋には、三宅一生、川久保玲という日本を代表するファッションデザイナーのドレスを被写体とする作品があり、80年代にパリコレクションに鮮やかに登場し、新しいファッションの夜明けとして評価されたドレスの数々を改めて、鑑賞することになるでしょう。
 さらにその手前の展示室には、秀吉の時代の花見のために使われた「醍醐寺幔幕の写し」、昨年、野村萬斎さんが舞う「三番叟」のために制作された「雷紋」の能衣裳や「杉本文楽 曾根崎心中」の時の一人遣いの人形などが展示されています。特に文楽人形は直接に近い距離で見られることはめったにありませんから、貴重な体験となると思います。すべて、杉本さんが演出した演目ゆかりの衣裳ですが、1つ1つの意匠、つまりデザインに意味が込められていますので、解説文を読みながら見ていってくださいね。
 この展覧会に合わせて、渋谷のシアター・イメージフォーラムにて杉本さんのドキュメンタリー映画「はじまりの記憶 杉本博司」が上映中です。この映画は2011年国際エミー賞アート番組部門にノミネートされた番組で、杉本さんの素顔と作品制作の源が感じられるドキュメンタリー映画となっています。
 近年、森美術館での個展やニューヨークのジャパンソサエティでの展示などでも、大掛かりであっと驚くような展示を実現している杉本さんですが、原美術館という元邸宅の美術館の心地よいスペースを使いながら、観客となる私たちを招待して、もてなしているような今回の展覧会は、今までとは一味違う新たな杉本芸術の一面を感じさせてくれます。この展覧会をきっかけとして、杉本さんの展覧会を追いかけて見続けていってください。解説文の素晴らしさで分かるように、エッセイスト・評論家としても素晴らしい杉本さんは「苔のむすまで」「アートの起源」(新潮社)などの著書もありますので、ぜひ手にしてみてください。
 ちなみに、端正な御殿山の住宅街にある原美術館は、カフェやミュージアムショップも素敵で人気がありますが、原美術館のために制作された宮島達男、奈良美智、森村泰昌などの常設作品もありますので、ぜひ館内を探してみてください。

杉本博司 「ハダカから被服へ」
2012年3月31日(土)−7月1日(日)
原美術館
http://www.haramuseum.or.jp
http://sugimoto-movie.com


やまぐちゆみ / アートプロデューサー

Profile

玉川大学経営学部非常勤講師。アート系NPO法人・芸術振興市民の会理事。
アーティストたちをもっとも近くから応援する活動から、“現代アートのチアリーダー”の異名をもち、
その独自の視点と明快なコメントも評判。
著書に「現代アート入門の入門」「観光アート」(光文社新書)など多数。

Menu
Movie-映画

Library-音楽&書籍

tool-アイテム

Art-coming soon...

Comic-コミック

Beauty Sourse TOP

Present-プレゼント
Kohgendo TOPへ