映画監督安藤桃子の連載エッセイ「芽花立ち」


映画監督。1982年生まれ。監督・脚本作品『カケラ』でデビュー。
著書に長編小説『0.5ミリ』(幻冬舎)。同作を映画化し、2014年全国公開。
国内外で数多くの賞を獲得した。現在、高知に移住。一児の母。

 天色の絵の具をこぼしたかのように鮮やかな空、チクチクと肌を刺す陽射し、ぷかぷか浮かぶ今にも掴めそうな雲。太陽が強力すぎて、寒い冬でも車内はまるで真夏、ラテン音楽でも聞きたい気分になってくる。柚子畑の広がる原風景の奥には、東西にドドーンと立ちはだかる四国山脈、南には太平洋。ここは山、川、海の三拍子が揃った日本のガラパゴス、高知県である。
 監督した映画「0.5ミリ」の撮影をきっかけに、高知県に移住して早3年。高知で入籍し、子供も生まれて、一人で東京に暮らしていた頃の生活とはガラリ環境も考え方も一変した。通常は、考え方や価値観に変化が生まれてから移住の決意をするところ、私の場合、脳みそより先に「ここに住む!」と直感で移住を決意。生活の中で価値観がひっくり返されて行くという逆パターンの日々を送っている。

 失われつつある日本人のルーツが“残っちゃった”ここに暮らすと、まず春夏秋冬を日常のなかに色濃く感じる。季節と関係なく、 野菜や果物が並ぶ都会のスーパーとは違い、名産品である柚子でさえも、時期を過ぎれば柚子そのものは店先から姿を消し、その果汁を絞った柚子酢へと変身、 黄色い瓶がずらりと並ぶようになる。
 週5日は必ずどこかで市がやっている高知名物、「土佐の日曜市」はその日の朝に収穫された野菜、米、干物、野草茶、漬け物等の店がずら〜り、 1㎞以上も続く。古漬けたくあんの、何とも言えない匂いを嗅ぎながらてくてく歩けば、通りすがりにおんちゃん、おばちゃんが声を掛けてくれ、一ザル100円の生姜を買えば、どっさりと芋をおまけにくれるし、ふと見れば、娘はおばあちゃんからもらった大きなトマトを、赤い汁を口からたらしてかぶりついている。大きな口でかぶりついている。形が、匂いが、色が直球で脳を刺激する。米を買おうと物色すれば、「農薬一回使ってます」の張り紙が。無農薬は当たり前、土佐の人々の正直さが伝わって来る。

 陽射しの強い高知は柑橘系が良く育ち、レモンやライムもよく採れ、文旦はじめ、黄金柑、小夏、ぶしゅかん、直七と、盛りだくさんのラインナップ。輸入物の柑橘類は農薬がベッタリ故、なかなか皮まで料理に使えないが、高知のレモンならサラダやパスタ、肉や魚にもレモンピールをがんがん使えるし、蜂蜜漬けや塩漬けで保存食にも出来る。台所でも生ゴミが減り無駄がない上、子育てする中、気付けば無意識の内に大きな安心感に包まれていた。夕方、海沿いを車で走れば、割烹着を着たお母さんが釣り竿を垂らして夕ご飯の調達をしているし、ほったらかしの木々にもたわわに果実が実っている。海の人は魚を、山の人は野菜を育てて物々交換。食べきれない量をもらったら、近所の人とまたまた物々交換。市内に住む我が家の玄関ノブにはよく袋に入った野菜がぶら下がっている。全国でも最下位を争うこの貧乏県では、見えない通貨が出回っている。

「You are what you eat」(身体は食べ物でできている)と言うけれど、私たちが生きるのに必要な、空気も水も本来ならば誰にも平等の、無料の恵み。ここにいると私たちは大自然に生かされているんだと、ふと思う。