映画監督安藤桃子の連載エッセイ「芽花立ち」


映画監督。1982年生まれ。監督・脚本作品『カケラ』でデビュー。
著書に長編小説『0.5ミリ』(幻冬舎)。同作を映画化し、2014年全国公開。
国内外で数多くの賞を獲得した。現在、高知に移住。一児の母。

 まだランドセルを背負っている頃からひどい肩こり、偏頭痛持ちだった私は、痛み止めと胃薬の世話になりながら生きてきた。偏頭痛がひどくなると一日中身動きも出来ず、吐いてしまう程の重症だった。頭痛の予兆が現れると、必死に薬を握りしめていた覚えがある。うっかり薬を持たずに外出しようものなら、不安で不安で、予兆の片鱗もない頭痛の為に、予定を変更してでも家まで取りに帰ったっけ。今思うとこの必死さは、もはやコメディだ。それが一転、妊娠を機に薬を服用しなくなって、なんと丸三年が経った。何より頭痛に対しての考え方が180度変わった。超自然児の夫の影響もあるが、きっかけは、高知県で出会った漢方の薬剤師のおばちゃんの言葉である。頭痛も肌荒れも身体が一生懸命、どこか不調を教えてくれているサイン。これを「嫌」と拒否し続けると、身体は更に一生懸命サインを送るが故、手を変え品を変え、正に身を以て表現してくる。要はまず頭痛に感謝し、受け入れろ! ということだ。この言葉に妙に納得、理論が腑に落ちた私の思考回路はこの日からすっかり入れ替わり、頭痛が来たらまず心と身体の声に耳を澄ますようになった。私の場合、メンタル面が偏頭痛や肩こりに影響していたようで、仕事や人、環境、出来事や過去、経験に対する様々な「嫌」を具体的にひとつずつ受け入れ、抵抗感を手放してあげたら、こころの声に気が付く度に頭痛が来る回数が減り、今では肩こりもすっかり良くなった。

 ひどい頭痛持ちの友人の場合、小麦を食べないようにした途端、ピタリ、数十年毎日続いた頭痛がなくなった。ハンバーガーや揚げ物、洋食大好きだった友人はこれを機に、発芽酵素玄米、味噌や漬け物といった発酵食品、和食中心の生活に切り替え、最近は頭痛どころか、健康優良男子そのものに変身。それを聞いた他の頭痛持ちも小麦断ちを実践したが、なぜか全く効果が現れなかった。これを聞いた私は、物質的に何かを摂取したり、排除するという事よりも、意識の変化が重要なのではと考えた。小麦を止めることがテーマではなく、食生活を改めておくれ~、という身体からのお願いだったように思える。

 とはいえ人間として社会に身を置いていると、仕事や約束といった「都合」がついて回る。大切な日に頭痛が起きると、第一声は「あ~、最悪!」。薬は一時しのぎのブロック、病のもとを見つけなければ、いたちごっこのままだと分かっていても、薬を飲んで早く楽になりたくなる。そんな時、痛み止めを飲みながらでも、来たぞ! 気付けるチャンス!と思い、身体の声を聞いてみてはどうだろうか。
 もしかしたら我々は、気付かぬうちに自分自身を傷つけて生きているのかも知れない。他人に優しい人ほど心の本音を無視し、自分を裏切り、いじめ続けていることが多い。大切な人を愛であたためるように、自分自身の怒りや悲しみ、傷を迎え入れ、あたためてあげることが必要なのではないだろうか。

 私たちはほんのちょっと不調なだけで、人生を謳歌するのが困難になる。五感を意識し、極限まで今を楽しんで生きることが出来たなら、ひとりひとりが幸せになれたなら、きっと世界に争いはなくなると私は思う。